自業自得患者の自己負担を上げれば医療財政が改善できるというのはまったくの幻想
テレビ局の元アナウンサーがブログで「自業自得の人工透析患者なんて全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」と書いたことが波紋を呼んでいる。
発言そのものは論外だが、一部からは、表現の問題はともかく、ムダな医療費が多いという問題提起をしたことは評価できるとの声も聞かれる。しかし、日本の国民医療費は自業自得の患者の自己負担を上げた程度で解決できるほど甘いものではない。一部の患者を批判し、それを是正すれば問題が解決できるというのはまったくの幻想である。
日本は国民皆保険制度を導入しており、保険料さえ納付していれば、基本的に全員が等しく医療サービスを受けることができる。だが、国民全員に一定水準の医療を提供するためには莫大な予算が必要となる。
2013年度における国民医療費の総額は約40兆円で、このうち、国民から徴収する保険料と患者の自己負担でカバーできているのは全体の約6割に過ぎない。残りは国庫からの補填で何とか制度を運営しているのが現実である。しかも、国民が納付する保険料は企業が半分負担しているので、実質的な国民負担はさらに軽い。
40兆円の医療費のうち、診療(歯科を除く)に関係するものは約29兆円と全体の約7割を占める。当然のことながら、三大成人病に関するものの比率が高く、高齢化に伴って医療費が高騰することは必至の状況となっている。
最近では薬剤費の高騰がこれに拍車をかけており、最近、肺がんへの保険適用が決まった新薬の場合、1人の患者あたり年間3500万円の費用がかかるという驚きの試算も示された。この新薬が本格的に利用され、薬価が下がらなかった場合、国全体の薬剤費が2割近くも上昇する計算になる。
多くのがん患者は、それほど予後を改善できないことが分かっていても、少しでも長く生きたいと処方を切望するのが普通だ。医療費の増加は、こうしたことの積み重ねが原因であり、国民全員の問題なのである。
ごく一部の、自業自得とも思える患者の自己負担比率を上げたところで、到底、解決できる水準ではない。
全員が高い水準の医療を受けるという夢のような制度は、徐々に機能しなくなりつつある。国民皆保険を維持する代わりに、全員が低い水準の医療で我慢するのか、米国のように民間に移管し、所得に応じて医療水準が変わることを許容するのか、あるいは極めて高い国民負担を受け入れるのか、決断する時期が来ているといってよいだろう。
ちなみに民間の医療保険で運営されている米国の医療サービスは極めて質が高く、日本とは比較にならない水準だ。しかし、このサービスを受けるには高額の医療保険に入る必要があり、低所得層はこの恩恵を受けることができない。
問題発言を行ったアナウンサーは、民間保険への移管を提唱しているようだが、今回の発言を受けて複数の番組を降板しているという。日本の保険制度が、彼が主張するような民間主体のものだった場合、彼自身も年収が減って、病院にかかれなくなってしまうかもしれない。
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