米国の製造業回帰が効果を上げ始めた。だが一方でその波に乗れない人も
中国から製造拠点を米国に戻す試みが成果を上げ始めている。米ゼネラル・エレクトリック社(GE)のケンタッキー州ルイビル工場における温水器製造が好調だ。
温水器はローテクだが、どこの家庭にもある同社のシンボル的商品のひとつ。中国のコストの安さには勝てず、生産をすべて中国に移管していた。
だが中国の労働コストや輸送コストの増加が激しいことから、同社は2012年、温水器の製造を米国内へ戻すことを決定した。ルイビルの工場には10億ドル(960億円)を投資し、生産設備を整備した。
米国はもともと製造業の国なので、大量の熟練労働者が存在している。温水器の組立ては中国では10時間かかっていたが、ルイビルの工場では2時間で済むという。製造コストはトータルで中国よりも2割安いう。GEは国内生産比率を現在の50%程度から2014年末までに75%に引き上げるとしている。
米国ではこのような工場の国内回帰が進んでおり、それは労働統計にも表れている。2月の雇用統計では、全米の雇用者数が前月比で23万6000人の増加となり、失業率は7.7%と2008年12月以来の低水準となった。多くは最近好調な住宅関連の雇用と思われるが、製造業の国内移転による効果も大きいと推定される(本誌記事「米国失業率が4年ぶりの低水準。米国経済の復活で世界のお金の流れが大逆転?」参照)。
工場の国内回帰に失業率の低下と、米国はいいことずくめのようだが、必ずしもそうとはいえない。国内への工場回帰の影で労働者の二極分化が進んでいるのだ。
GEのルイビル工場の例を見るまでもなく、生産性向上のカギとなる熟練労働者は引く手あまたの状態となっている。だが特に技能を持たない単純労働者へのニーズはまったく増えていない。それは米国ではロボットの導入が進んでいるからである。
日本は製造現場における単純作業はアルバイトや派遣社員などに担当させることが多いが、米国ではロボットが大活躍している。いくら中国の人件費が上がったとはいえ、米国に比べればはるかに安い。工場を米国に戻しても安く生産できる理由のひとつがロボットを使った省力化なのである。
ロボットに職を奪われた工場労働者は行き場がなくなってしまう。いくら職を探しても見つからないので職探しそのものをやめてしまった労働者も多いという。この人たちは失業率の統計にはカウントされないので、実際には職にありつけない人はもっと多い可能性がある。
マクロ経済的には、職を見つけられなかった工場労働者はいずれさらに賃金の安いサービス業などに流れることになり、国全体の実質賃金を抑制させる効果をもたらす。だが皮肉なことに、過去の例を見ると、景気が回復する局面で実質賃金が抑制された時の経済成長は極めて良好なのである。高いスキルを持たない労働者には受難の時代が続きそうである。
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